名  所 所在地
(甲州市)
見  所
向嶽寺 塩山 絹本著色達磨図(国宝)
けんぽんちゃくしょくだるまず
禅宗絵画の最高峰で、法衣が朱であることから、「朱達磨」と呼ばれる。賛は蘭
信玄五箇条の壁書
朝鮮から禅師の号を賜る勅許の内示を受けた向嶽寺の僧たちに、学問と修行に励み、それにふさわしい寺の格式を持つようにと努めることを、信玄公が論したもの
向嶽寺中門 重文
絹本著色三光国師像 重文
絹本著色大円禅師像 重文
恵林寺 塩山 恵林寺四脚門 重文
軍配団扇

信玄公が愛用していた[軍配うちわ]

戦の指揮を執るときに使うものですが、これは信玄公用で、朱塗りの日の丸の中に、軍神毘沙門天の種子[バイ]が配されています          
武田不動像
信玄公が31歳の時、比叡山より大僧正位を贈られた記念に、京から仏師康清を呼び寄せ自分の体を模刻させ、髪の毛を漆にまぜて彩色し、作られたと言われています。  
武田信玄公の墓
武田信玄公の菩提所であり、境内には信玄公の墓があります。天正元年4月12日没。勝頼公によって、甲府岩窪の地にあった遺骸が恵林寺に移され、大葬儀が行われました。
放光寺 塩山 木造大日如来坐像 重文
ぶどうの国文化館 勝沼    
旧田中銀行博物館 勝沼 明治30年代初め勝沼郵便電信局舎として建設された洋風建築。大正9年にレンガ蔵を増設し、山梨田中銀行社屋として改修。戦時中は、住宅に改修され、北白川宮関係者が疎開していた。明治前半期に擬洋風建築の学校を多く手掛けた松木輝殷が建設した近代化遺産。
祝橋 勝沼 昭和6年に開通式典が行われたコンクリートアーチ橋。
勝沼堰堤 勝沼 明治44年、内務省東京土木出張所は甲府盆地を水害から守るために、日川と御勅使川で直轄砂防工事を開始した。この工事中に、明治砂防堰堤に代わるコンクリートを用いた新たな砂防堰堤の技術の開発が行われ、勝沼堰堤は旧来の技術に新技術を組合せて建設された近代砂防遺産である。
景徳院 大和 勝頼公・夫人・信勝公の墓
徳川と織田の連合軍に追い詰められ、勝頼公の最後の地となったのが、日川渓谷の谷あい。徳川家康公によって建立された。
栖雲寺 大和 武田の赤旗
南蛮渡来の赤いラシャ生地でつくられた軍旗。旗の上部には、武田の割菱が鹿皮によって縫い取られています。
実戦軍配
合戦で使われていたもので、重さ3キロの鉄製軍配
勝沼トンネル
ワインカーヴ
勝沼  
大善寺 勝沼 大善寺本堂附厨子1基(国宝)
つけたりずしいっき
桁行梁間ともに五間、一重、寄棟造の和様建築の代表例でもあり、本件最古の木造造建で正応三年(1290)の落成。
木造大日如来及両脇侍像 重文
薬師堂 行基によって開創された寺と言われ、古くから武家の祈願所として、武田家からの保護も厚く、信玄公も天文年間伽藍の大修復を行いました。関東最古の寺院建築です。
メルシャン(株) 勝沼 葡萄酒貯蔵庫(龍憲セラー)
明治31年頃、高野正誠と勝沼で初めてワイン醸造を行った一人、土屋龍憲がフランスで学んだワインの熟成施設を中央線の隋道建設技術とレンガを用い建設した半地下式のワイン貯蔵庫。
宮崎第二醸造所       
(現メルシャンワイン資料館)
明治37年宮崎光太郎が中央線の開通により、ワインの大量出荷が可能となったことから生産拡大のために建設した葡萄酒貯蔵施設。国内現存では、2番目に古く現在は資料館として公開。
上条集落 塩山    
雲峰寺 塩山 日の丸御旗
日本最古の日の丸と言われる御旗は、源頼義が後冷泉天皇から受け賜ったものが、後に甲斐源氏の宗家武田家に伝わり、勝頼公の死後、家臣が雲峰寺に納めたといわれます。
孫子の旗
これが風林火山として有名な旗。
「孫子軍争編」からとった、恵林寺の快川国師の書と言われ、合戦の際には、陣頭にこの旗を掲げて、武田軍は戦に勝ち続けました。
雲峰寺本堂 重文
雲峰寺庫裏 重文
雲峰寺書院 重文
雲峰寺仁王門 重文
甘草屋敷 塩山 旧高野家住宅 19世紀初頭の切妻造りの最も優れた家と歴史公園。広い土間、奥の座敷、太い大黒柱には圧倒。庭先に甘草の薬草園も。江戸時代漢方薬の原料である「甘草」を栽培したことが、名前の由来
菅田天神社

塩山 小桜韋威鎧兜(国宝)
こざくらかわおどしよろいかぶと
新羅三郎義光以来、御旗とともに武田家の惣領家に伝わる重宝
 
 
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